旅のスナップ

2015.10.05

高見島

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先週末に二つの旧い街を訪ねた。
今後、個人的に撮影するかもしれず
集落見学と撮影の下見を兼ねての訪問。

一つは春に霧のため出航せず渡れなかった、香川県の高見島。
(その前日、同じ塩飽諸島の本島には渡れたのだが)

島斜面に張り付くような集落の街路からは
民家の屋根越しには、海と瀬戸大橋、対岸の坂出や多度津の街が望めました。

 2015.10.5


2015.03.25

鞘橋

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橋桁の湾曲美しく
屋根が2段になっている、なんとも優雅な橋。

十返舎一九の金毘羅道中膝栗毛の中には、
「上の覆ふ屋形の鞘におさまれる御代の刀のようなそりはし」と書かれているという。

宿の方から、「神様が川を渡るための橋です」と説明された。
調べてみたら、なるほど、金刀比羅宮大祭の御神輿の渡御、
湖川神事、お田植え祭などの神事のときにのみ用いられるとのこと。

2015.3.25



2015.03.24

交差点

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笠島集落で何といっても印象的だったは街路の交差点。
交差点は、T字路であったり、食い違った十字路であったりする。

その昔、敵の襲来に備え
城下町のような見通しのききにくい構成としたとのこと。
そのつくりを今も目にすることができる。

上の写真では、十字路部分が石タイルで
強調されて面白い表情になっている。
「意志を持った交差点」とでも言えるか。



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見通しがきかないということは
歩み進むまで次の展開が読めず
街路空間をめぐる楽しさも高まると感じる。

2015.3.24


2015.03.23

塩飽大工

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船で渡ったのは、塩飽(しわく)諸島 本島の笠島集落。
笠島重要伝統的建造物群保存地区)
笠島は天然の良港を持ち、かつては廻船で栄えた町。
腕の良さで知られた塩飽大工による(と思われる)町並みは
ごく小さな集落とはいえ、端正で小気味好いものだった。



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2015.3.23

2015.03.22

春霞

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少し前のこと、友人と四国に小旅行に出かけました。
旅の一番の目的は、瀬戸内海に浮かぶ島の旧い街並みを訪ねるというもの。

往路は予報によると天気良好のはずでしたが
淡路島を走っている途中から霧に見舞われ
その先の高松道が通行止めとなっていて
途中からは、下道を走って目的地を目指しました。

写真はやっとの思いで船に乗り
(船の待ち時間に、しっかりMIMOCAに行ったりしましたが)
出発した丸亀港を振り返った時のもの。
港、四国の小高い山々が、霞んで浮かんでいました。

2015.03.22


2015.01.08

今年は

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昨年は11月に入ってから、
片山文三郎商店さんのウェブリニューアル用の撮影(ボリュームがあった)、
パンフレット用の撮影と続き、竣工写真の撮影や紙もの制作の仕事がちょこちょこ入り、
珍しく年末までびっちり仕事をしました、、
というわけで、ブログの更新がぶっ飛んでおりました。


それらの仕事は年末までに、おおよそ片付きましたので
年末年始のお休み中は、気持ちを新たにして
新しい年何をやろうか、ぼちぼち考えておりました。


昨年訪れた、広島県の鞆の街路・路地での空間体験が特に印象深く
今年は別の街でそのような体験を出来たらと思っています。
もちろん、撮影も。


上の画像は、医王寺という山の中腹にある寺から見た鞆の街と仙酔島。
鞆の街の構造が一目で把握でき、
「この街が面白くないはずが無い!」と感激した眺め。

今年もこんな風景に出会えたら。


2015.1.8


2014.11.13

コートのような空間

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港近く、浜倉の続く路地にて。

通行の為のスペースであるが、
白の漆喰壁、モルタルの砂利洗い出しで仕上げられた
カッチリとした空間は
通路というより、コート(中庭)のような感じもする。




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正面が壁のT字路などは
特にコートのような感じが強い。

路の幅にもよるが
エッジがしっかりした街路は
「路」というより「室」に近く
空気の密度(?)を確かに感じることができるように思う。

2014.11.13



2014.11.10

人と石畳

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街を東西に抜ける県道(47号)より南側、
県道と平行に伸びる、石で舗装された街路がある。

現在では道の両側に建物が立つが、
それは、明治末期以降の埋め立てによるもので
かつて街路の港側(南側)は陸ではなく
雁木がとりつく岸であったとのこと。
保命酒製造の岡本亀太郎本店のウェブに
埋め立て前の写真が掲載されている

よって街路の北側に旧い家屋が並んでいる。




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かつて港に面していた街路の一角には
保命酒を製造する岡本家の家屋(上写真2つ)。
左角を曲がって続く路地には、店舗と倉が並ぶ(下写真)。




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アスファルト舗装は、「車が通る場所」といった感じになるのに対し
石畳は「人が歩く空間」と見えるのが不思議だ。

それは石の、「歴史を刻む」という素材の特性によるものなのか、、。
人のいる場所との相性は良いと、つくづく思う。

2014.11.10



2014.11.09

私的な路地

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焚場町の路地。
県道からの眺め。

この路地のように
路地が短く行き止まりであったりして
使う人が限られていると
プライベート度が一気に増すのが面白い。
(もっとも、公の道でない可能性も多いにあるが。)

路地に面する家の
「庭」のように
場合によっては
「屋外の部屋」のようになっていることがある。




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県道沿いの小さな社。
社の前は、ちょっとした憩いのスペースになっていた。
そのすぐ横は、魚屋さんで
ご主人が店頭で魚を捌いていた。

社の前は、道を挟んで海まですっと空間が開けられ
社は、きちんと海に対面。

2014.11.9



2014.11.08

焚場町

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現在の県道(47号)は、古来より
鞆・近辺の町と福山をつなぐ唯一の幹線道路。
その道は、両側に家屋を並べながら
ほぼ鞆港の岸の形状に沿って走っている。

写真は鞆港の西岸からとうろどうのあるエリアを見たところ。
(とうろどうは、写真のちょうど中心あたりに見て取れる)




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打ち寄せる波の下には、焚場(たてば)が残っているとのこと。
焚場とは、今でいうドッグ(船渠)のようなもので
木造船の船底に付着したフジツボなどを取り払うため船底を火で焼く施設。
そして、このあたりの町内は古くから焚場町と呼ばれているらしい。
(「焚場町」は、公称の住所表示の地名では無いようです。)




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焚場町のあたりでは、県道と岸の距離はごく近い。
県道に面した、この食料品店の奥の開口部の外は
浜に繋がっているようだった。
奥には海面と波止場が見える。


参考文献:
中国地方の町並み3 (日本の町並み調査報告書集成)/
日本の町並み8鞆の浦を歩く

2014.11.8



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